外付脳内そっ閉じメモ

脳内に澱のように溜ったものの単なる置き場デス。そっ閉じ必至。

「政治/実存」図式の別ヴァージョンの話・他もろもろ

なんてこったい! 上巻をほとんど読み進めていないにもかかわらず、小熊英二『1968』の下巻がもう発売してたのかヨ。ゆっくりした結果がこれだよ! ・・それはさておき、前回の「『政治/実存』という対立図式」の節で論じた、あの有害な「政治/実存」という図式の別ヴァージョン(というより殆どその言い換え)を発見したので、ここにご報告を。

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小熊英二『1968』「著者のことば」に対してコメントをと思ったら

小熊英二『1968年・上』出ましたね。昨日本屋言ったら平積みされてたので、収入が減ってどんどん貯金が突き崩されてく日々が続いているにもかかわらず、思わず衝動買いしてしまいました。税込みでしめて7,140円。あちゃー、買ってから後悔しきりですが、まあ衝動で風俗行ってしまったものと思って諦めナと、まわりから変な仕方で慰められてます。そか、お盛んな世の男性たちは自らの浪費を正当化するためにそんな慰め方をしてたのかw

それはさておき、添付されたパンフの「著者のことば」*1を読んだら、ちょっと疑念というか懸念が湧いてきてしまいました。というわけで、以下それについて少し。まあ、あくまで本文を読む前の、こちらの一方的な懸念なので、読了後は(しかしそれはいったいいつのことになるんだ?)まったく的はずれになるという可能性大ですが。

*1:ネット上にもうpされてました。http://www.shin-yo-sha.co.jp/essay/1968_chosha.htm

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幼稚さと絶望、あるいはそれらの分けがたさについて

前回のエントリーの続きです。

「書き込み、誰も見てくれない」
http://www2.asahi.com/special2/080609/TKY200806110311.html

ネット犯行予告、警察通報を期待
http://mainichi.jp/select/today/news/20080612k0000m040171000c.html

何この孤立スパイラル…。どうしてこんな素直な奴が孤立しなければならないのか。というより素直だから孤立してしまったのか。あるいは、孤立したからこそ、こんな素直な反応しかできなくなるのか。どうも、自殺したた女性アナは前者に、この容疑者は後者のパターンに陥っていたような気がしてならない。ちなみに容疑者が実際に物理的に孤立を強いられていたことは、すでに方々でリンクが張られていた、

人間までカンバン方式
http://d.hatena.ne.jp/boiledema/20080610

を参照(トヨタですか、やっぱりそうですか…)*1。正直言って、こんな素直な奴にはこっちも素直な共感しかできなくなる。凶悪な犯罪を犯したことに対する度し難い許しがたさと、この素直な共感との間とのギャップ、両立のし難さはもはや誰も埋めることができないのでは? せめて、このギャップに対する適切な耐え忍び方を誰かに教えて貰いたい。

*1:ちなみに、派遣労働の悲惨さに事件の背景を求めつつも、マス・メディアの認識がまだまだであるというのは、http://www.news.janjan.jp/living/0806/0806189981/1.php参照(6/20補足)。

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ギブアップ、あるいはどうしようもない生真面目さについて

*一度削除したものを、訂正・加筆のうえ再アップしました。

二人の生真面目さ

基本的に時事ネタやトピックには反応しないんですが、今回だけはもうギブアップ。2週間前に自殺した、華やかな女性アナの世界を体現していたかのような某フリー・アナの、(死ぬまでは知らなかった)いかにも努力が空回りしがちな、不器用で頑なな生真面目さを知るにつけ、身近なところでいろいろ思い当たる節があったので複雑な感慨にふけっていたところ、また今回の悲惨な事件が起こってしまった。メディアからの断片的な情報では、どうやら容疑者の彼も極めて地味で目立たず、生真面目に見える者だったらしい。また識者によれば、彼のやったことは、生真面目な者の暴発として間々起こる、周りを巻き込む「間接自殺」ということだそうだ。

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ミクシ日記より

友人からミクシ日記にコメントしてくれと言われたんだけど、いつもの癖で泥沼モードになってしまったので、ここを借りマス。

元の日記
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=789308607&owner_id=15165943

日記の内容は一言で言えば、「クリエイティヴイデオロギー」という恐ろしい言葉を知ることによって、自分が蓮実重彦(ハスミン)流のハイ・アート志向、卓越性志向にどう騙されていかたかが初めて分かったという感じかナ。ちなみに「クリエイティヴイデオロギー」というのは、現代では多くの若者がクリエイティヴな表現欲求や自己実現欲求に駆られて、アート系の専門学校や大学に言って種々のアーティストを目指すようになったんだけど、結局はその殆どがモノにならないから、ただ底辺の不安定な非正規労働に追いやられ、バカを見るだけになるという事態を表した言葉のことデス。つまりこの言葉は、ポスト・フォーディズム体制下での資本が、若者たちのクリエイティヴ信仰を煽って言わば騙すことによって、体制維持に不可欠な、使い捨てられるだけの不安的な非正規労働者プレカリアート)を絶えず新たに供給し続けているというカラクリを指しているわけですネ。

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