メモXIII:人文知の実践可能なノウハウ化について
規範化からノウハウ化へ
30代から40代にかけての若手が書いた最近の人文書には、批評や哲学の従来は近寄り難かった匠の技のポイントやコツをかみ砕いて解説し、誰でも実行あるいは実践できる(という錯覚を与えてやまない)ノウハウに換骨奪胎してくれるものが多い。確かにこうしたタイプの書籍に需要があるのはわかるし、またそもそも、実践可能なノウハウや何らかの具体的な対処法を提示するような書き方をしなければ、もはや人文書には新しい読者などつかなくなったのだろう。けれども、この種の書籍を読むとどうしても違和感を覚えてしまう。
それは、この世代の書き手が例外なく、本来読者には誰にでもしなやかで健全な知性や感性が潜在的に宿っていて、こちらがそれらを発揮させるための仕方を手を尽くして説明して、また読者の側も粘り強くその仕方を試み続ければ、やがて誰でも健全な知性や感性を発揮できるようになるはずだと想定しているように見えるからだ。しかしたとえ潜在的であるにせよ、本当に誰にでも健全な知性や感性など宿っているのだろうか。読者を信じたいからこうした想定をするのは判らなくもないのだが、残念ながらそれでは、多くの人々がリベラルな価値に背を向けて反動的な秩序を支持するようになった、現在の困難な社会情勢には充分に対応できないままになると思う。というのは、誰にでも健全な知性や感性が反来宿るはずだという想定を維持し続けると、あくまで健全な知性や感性を発揮できているかどうかの違いにこだわることになるから、たとえば、現在到るところで見られるようになった、陰謀論にかぶれたり思わずトランプを支持してしまったような粗忽な人々を、健全な知性や感性を身に着けていない愚かな者たちだと一方的に決めつけて、ただ見下していくことにしかならないからだ。
メモⅫ:ナラティブかシステムか
深化したポストトゥルース状況の中心が陰謀論(物語レヴェル)ではなくゲーミフィケーション(システムレヴェル)にあると考えると、いま関東一帯で騒がれている「闇バイト」なども「暇ゲート」と同時代的な現象なのだと考える余地が生まれてくるように思う。
— 仲山ひふみ Hifumi NAKAYAMA (@sensualempire) 2023年1月24日
ありがとうございます。ナラティブというよりも、それが乗っかるシステムが問題だというのは鮮やかな整理だと思います。SNSがリアクションの快楽に依存させるゲーム的な設計になっていることが促した問題だとぼくは思います。だから、右も左も理性なきファシズム状態になりますよね https://t.co/q7DQx7byQz
— 藤田直哉@『ゲームが教える世界の論点』『新海誠論』 (@naoya_fujita) 2023年1月25日
ナラティブ視点で考えるよりもシステム(アーキテクチャ)視点で考える方が有効だと述べて意気投合するのは、やはりこの二人が東浩紀の弟子筋にあたるからなのだろうか。確かに自分も、最近の人文界隈でのナラティブ重視の傾向にはゲンナリさせられている口だったから、この意気投合には一定共感できる。とは言ってもそれは、自分が発達性トラウマ障碍の当事者として、ナラティブ・アプローチ的な治療法がまったく効かず、そのためにナラティブ・アプローチ的なものに対する不信感を強く持つようになったという面が多分に強かったからなのだが。そもそもナラティブ重視の視点に立つと、どうしても、集団的アイデンティティを形成してエンパワーしさえすればいいんだという発想しかできなくなってしまい、それより先にまったく進めないままになるのだった…。じゃあそれでは、システム・アプローチを選択しさえすればよいのかと言えば、単純にそうとも言えないからまた困ってしまうのだが… 続きを読む
交換様式Dと周辺地域、そして反復強迫:柄谷行人『力と交換様式』へのコメント(後)
前篇からの続き。
Ⅷ 交換と交通の差異
柄谷は、『世界史の構造』では、人間と人間の関係である交換が、人間と自然の関係よりも優位にあり、前者が後者のあり方を一方的に規定すると主張していた。ところが『力と交換様式』では、 M・ヘスの交通概念に着目して、人間と人間の間で成立する交換は、あくまで、自然を初めとする他の存在者との関係である「交通」の一例に過ぎないと捉え直したため、人間と人間の関係と、人間と自然の関係との間の優劣関係が曖昧にされてしまった。これはすでに指摘した点なのだが(Ⅰ章)、『力と交換様式』では、この問題に対する答えは結局最後まで与えられていなかった。そこで、議論をより整合的なものにするために、大胆にも、この優劣関係をはっきりと逆転させてしまった方がよいのではないか。自分としてはそう提案してみたい。もちろんこの提案は、交換関係よりも生産関係を重視した、柄谷以前の従来の立場に立ち戻ることを意味するわけではない。そうではなく、生産関係以外の、多様な人間と自然との関係の方を重視していくことを意味している。そうすると、交換様式Dはいったいどのような姿を見せるようになるだろうか。
交換様式Dと周辺地域、そして反復強迫:柄谷行人『力と交換様式』へのコメント(前)
柄谷行人『力と交換様式』(岩波書店、2022年)読了。以下は気になった点についてのコメント。
Ⅰ『世界史の構造』からの変更点
まず『世界史の構造』(岩波書店、2010年)から明らかに立場を変更したと思われる点について。
〇上部構造/下部構造図式の再導入
『世界史の構造』では、生産様式から交換様式に視点を移せば、もはや上部構造と下部構造を区別する必要はなくなると述べられていたにもかかわらず、『力と交換様式』ではその区別が再び導入されていた。交換関係そのものと、そこから立ち昇る、当該の交換関係を維持・強化するようにと人々を呪縛する観念的・霊的力とを識別する必要が新たに生じたからだ。しかし、各交換様式からどのように人々を呪縛する観念的な力が立ち昇ってくるのか、その機序については最後までよくわからなかった。また交換様式Dに関しては、それ特有の交換様式と、呪縛する力とが同時に到来する以上、わざわざその両者を区別する必要があったのかとも思われた。
〇人間と自然の関係と、人間と人間の関係との間の優劣関係の曖昧化
『世界史の構造』では、人間と自然の関係は、交換関係という、人間と人間の関係に基づいてそのあり方が規定されると想定されていた。つまり、明らかに前者の関係の方が優位に立つと考えられていたのだが、『力と交換様式』では、M・ヘスの「交通」概念を導入したことによって、この優劣関係を曖昧にしてしまった。人間と人間の間の「交換」関係は、あくまで人間と様々な存在者との間で生じる広義の交通の中の一例に過ぎなかったと、改めて位置づけ直されたからだ。
愚痴:ADDあるある
この前のセッションでわかったことの確認。
これから生きていくためにやらなければならないことを初めてやろうとしたとき、ああ自分には無理だなと直観したものは、今から振り返ると、やはり結局無理だったということがわかってしまった。なぜなら、そうしたたぐいのものは、いくら努力しても、初心者に毛が生えた状態よりもどうしても一歩も先に進むことができなかったからだ。仕事の世界でも生活していくうえでも、自分にはこうしたたぐいのものが多過ぎた。
また、周囲と折り合いをつけるために受け入れなければならなかった、一定のものの見方や特定の物事のやり方に関しても、初めてそれらを受け入れたとき、ああ違うなと直観したものは、結局いつまで経ってもピンと来ないままだった。こちらの事実の方も改めて突きつけられてしまった。
そうしたたぐいのものが、実はいつまでもピンと来ないままだったのは、まず、多くの人々が暗黙のうちに従っているものの見方の特徴や概要を、変に冷静になってひたすら客観的に説明できてしまうからである。ひたすら客観的に説明するだけになるということは、逆から言えば、そうした見方を人々がしてしまう必然性を、まったく理解していないことを意味していた。また、多くの人々が当たり前のように行ってきた、物事の特定のやり方の方も、すぐに、よそよそしくて不自然なマニュアルと見なして突き放してしまい、割り切ってそれに機械的に従うこと以上のことはまったくしていなかった。マニュアルと見なしてなぞることしかできないのは、当然、どうして多くの人々がそのやり方を選択したのか、殆ど理解していないままだったからだ。
なぜ今頃になって、こんなことが明らかになってしまったのだろうか。多分、自分の中のADD的な部分(注意欠陥障碍)をもう持て余してしまい、そのため、どんどん実社会との接点がなくなり始めていたのが直接のきっかけだったのだろう。そんな状態に倦み果てて、ADD的な部分の下に控えていた、ASD的な部分(自閉症スペクトラム障碍)がひょっこりと顔を出し、定型発達の世界に対する根本的な不信感や拒絶心を、どうやら思わずぶつけてしまったのだと思う。
しかしそれにしても、これから生きていくために必要なことをやり始めたり、周囲と折り合いをつけるために必要なことを受け入れ始めた時期だったと言える、自分の大学時代は本当にキツかった。類は友を呼ぶとよく言うが、自分の周囲は、自分は「きっと何者にもなれない」(『輪るピングドラム』)ことをすでによく承知していたにもかかわらず、何者かになろうと前向きに努力していた(努力することができた)者を脇に見ながら、無理して何者かになろうとあがいていた者たちばかりだったからだ。もちろんそうした連中は、その後はロクな人生など送っていなかったわけなのだが。
あ~あ、こんな連中からはさっさと距離を取って、もう最初から何者かになることなど諦めてしまえばよかったのにと、今更ながらつくづくと思う。もちろん当時はまだ若かったから、そんなことはほぼ不可能だったのもよくわかってはいたのだが・・
メモⅪ:共産主義者であるということ
確かに歴史上の共産主義(プロレタリア)革命は失敗したのだろう。しかしその失敗は唯一無二で意義深いものであったから、その意義深さを手放さなずに忘れないためにこそ、自分は共産主義者であり続けていると言える。
共産主義革命の失敗が意義深かったのは、その失敗が2重、いや3重になっていたからだ。
まず最初の失敗とは、自由を求めたら全面的なテロルを呼び寄せてしまった、あるいは、民主主義の徹底を求めたら際限のない独裁を実現させてしまった、もしくは、平和を求めたら悲惨な戦争を勃発させてしまった、といったたぐいの、最善のものを求めて最悪のものをおびき寄せてしまうという、ヘーゲル的な逆説の実現のことである。
続きを読むメモⅩ:歴史意識の4類型
1 終末意識
冷戦時代ではわりとストレートな終末意識が主流だった。2大超大国による核戦争によって、人類そのものが絶滅してしまう可能性がリアルに感じられていた時代だから、それも当然だろう。また、そうした状況を生んでしまった(西洋)近代文明を拒否して、もっと自然や大地に根差した新たな生き方を模索し始めた反近代の立場に立つ者たちも、近代文明の横暴を終わらせて自分たちが別の生き方を始めれば、まったく新たな世界が地上に到来するようになるはずだと、これまた強い終末意識を持っていた。核戦争による人類絶滅への不安が終末論的なものであるとすれば、こちらの意識の方は、既存の世界の終末後に地上にユートピアが実現するだろうと期待してやまない、千年王国運動的なものだったと言える *1。
*1:なお、1930~40年代のいわゆる「近代の超克」をめぐる議論で見られた超近代という歴史意識の方は、ここでは特に取り上げない。ちなみに超近代の歴史意識とは、一言で言えば、西欧近代からの自らの遅れを逆に好機と見なして、それを梃子にしながらいっきに西欧近代よりも先に進んでしまおうという意気込みのことである。より突き詰めて言えば、歴史以前の太古的なものに依拠して、いっきに歴史終了以降の、絶対的な新しさが常に実現され続けるような境地に達してしまおうとする決意のことだと言える。